文学フリマ東京37に出店します
夜明けまで雨は文学フリマ東京37に出店します。
ブース う-50
日時 2023年11月11日 12:00〜17:00
場所 東京流通センター 第一展示場、第二展示場 https://bunfree.net/access/tokyo-trc12ef/
(夜明けまでは第二展示場)
今回は新刊はありませんが総集編とともにお待ちしております!
https://bunfree.net/event/tokyo37/
時安菜摘 「読書感想文が得意な少女の話2」
【雨宿りの暇つぶし 第8弾】
こんにちは、もしくはこんばんは。前回に引き続き時安です。
前回は長い長い前置きだったのですが、今回はついに
読書感想文のコツ
を私なりに、例によって小説仕立てでお届けします。素人なので先生が教えるのと比べたら質がだいぶ落ちますが、悪しからず。
また、この記事の中で引用されている文章はすべて実際に筆者が小学生の頃書いた文章です。とある文集に載ったものなので、真似するのは構いませんが、
丸パクリするとバレる可能性が高いのでやめましょう。
↓ 前回の長い長い前置きを読みたい方はこちら
先生に好かれる文章を書く少女
「優等生」の呪いをかけられた少女は、それからずっと先生に気に入られるような模範的な解答を書き続けた。”出題意図”とのかくれんぼを楽しんでいるうちにいつの間にか高い成績を付けられ、呪いはどんどんエスカレートしていたが、少女は純粋にかくれんぼをしているだけで他人から高く評価されることが嬉しかった。
あっという間に少女は小学校高学年になった。
「優等生」の少女は、高学年になってから担任になった先生にも気に入られる解答を書き続けた。彼は国語を専門とする先生だったので、先生に気に入られる解答を書こうとするうちに、少女の作文力にはさらに磨きがかかっていた。
そんな中、夏休みの宿題として読書感想文が課せられた。少女にとっては最もうれしい宿題だ。もうすでに題材にする本も決めてあった。
この世の本の中には、読書感想文に書きやすい本と書きにくい本があるということを、この時少女は悟っていた。
読書感想文に書きやすい本というのは、一冊の中で登場人物の成長や変化が分かりやすい物語が主で、逆にシリーズ物や事実を伝える目的で書かれた説明文のような本では書きにくい。
なぜなら、先生という生き物は、見たことのない表現や聞いたことのない内容を教え子から発信されるということが好きだからだ。よっぽどハッとさせられる内容の説明文であれば別だが、小学生が読める内容のもので先生が知らない情報なんてほとんどない。だから、先生に気に入られる読書感想文を書きたいのなら、
・登場人物の成長が分かりやすい物語を選び、
・「その登場人物と同じような心境の変化が自分にもありました~」的なエピソードを書く(でっちあげてもいい)
これが楽な道だと少女は思っていた。教え子の心境の変化など言われないと知る由もないし、確実に先生が知らない情報である。だから、もしいいエピソードが浮かばなかったらでっちあげてもバレない。
これを踏まえて、夏休みが始まる前からそれに合う本を自分で見繕ってあった。
少女が選んだ本は『赤い髪のミウ』(末吉暁子/講談社)であった。
さっそく読書感想文を書く
よく「読書感想文を書くときは、はじめ・なか・おわりで何を書くか計画してから書こう!」といわれるが、少女は計画などせずに書き始めた。
はじめ・なか・おわりというのは要は目安であって、大切なのは
・この物語と自分の共通点
・物語の展開の説明は最小限
・登場人物は○○したけれど、私だったら~~だなぁ
・「この後こうなるだろうな」「本当にこうなった」「予想と違った」
・最後にもう一回自分との共通点をおさらいして、「実はこんなエピソードがありました~、この本を読んだおかげでこんな行動ができました~」とまとめる
等の内容を書くことだと少女は理解していた。
「読書感想文」なのだから、感想を書かなければ意味がない。先生に気に入られない読書感想文は「読書説明文」になっていることが多いと感じていた。
それは”出題意図”を全く理解していないのと同じなのだ。
タイトルは後で考える派だったので、原稿用紙の最初の行をあけ、二行目に名前を書く。本文の書き出しは1マスあける。「優等生」の少女には先生に注意されそうなポイントを意識しながら書く癖がついていた。大人っぽく見られたかったので、文体はだ・である体(常体)で統一するようにしていた。
まず導入部分。
普通に「私がこの本を読んだのは~~だからだ」的に始めるのもありだが、国語を専門とする先生に読ませるには普通過ぎて物足りないと思った。一見、本の内容とあまり関係なさそうな話からスタートして、目新しい感じで惹きつけておき、そのあと本の内容と結び付けたら面白そうだな。よし、それでいこう。
私は今、東京に四年前から住んでいる。その前は青森、つまり北国で暮らし、もちろんこの物語の舞台の沖縄など行ったことがない。しかし、この物語を読んでみると青森と沖縄にはある共通点があった。それは自然だった。
よし、完璧だ。およそ小学生が書いたとは思えない華麗な導入部分、先生に気に入られること間違いなし。
導入がキレイに決まったので、主人公の境遇について説明しておくことにした。先生はこの本を読んでいないので、多少は説明が必要だが、できるだけ簡潔に説明して感想の部分を増やすことも大切だ。
この物語の主人公の航(こう)は、東京でイジメを受け、不登校になっていた。航は、たまたまテレビで、沖縄の神高島で留学生を受け入れているというのを見て、転校して新しい生活を送りたいと思っていた。私は最初にこのことにショックを受けた。航は、なんとか仲間に入れてもらおうとしなかったのだろうか。それとも、私が考えるよりイジメがひどいのだろうか。どちらにしても、沖縄に行くくらい航は傷ついていたに違いない。
ここで主人公をイジメていた人の説明や家族の説明をしていると原稿用紙が足りなくなってしまう。少女は自分が感じたことを書くのを優先し、そして少し大げさに言葉を選んだ。いじめられた人の気持ちが全く分からないほど心は死んでいないので、「主人公は仲間に入れてもらおうとしなかったのだろうか」なんて本当は思っていないが、「いじめられた経験はないけど想像してみました風」を装って話を膨らませた。
同じように、簡潔に1~2文程度でもう一人の大事な登場時人物ミウの説明をする。主人公が沖縄について初めて会った人で、のちに大切な友達になるミウ。タイトルに名前が入っているぐらい重要な人物だから書けることも多いが、父がヨーロッパの人で髪がキムジナーのように真っ赤な女の子ということだけ説明し、
(略)ミウも髪の色でいじめられていたから沖縄に来た(略)
と、主人公との共通点でまとめる。
この後は一番心を打たれたところについてたっぷり書こう……と少女は思ったが、ミウが帰ってきた感動を伝えるためにはリーフの外に出てしまったことを書く必要があるし、その前に神様が怒って「お前の一番大切なものを奪ってやる」といったことも説明しないと伝わらないし、そもそも神様を怒らせたのは儀式を見てしまったからだから……と逆算していって、それぞれについて
場面を簡潔に説明 → 自分の感想、予想
→ (予想通り、予想に反して~)簡潔に説明 → 感想、予想 → ……
と繰り返していく。
こうして書きたいことを書き終えると、いよいよ全体のまとめだ。
まとめでは、「主人公が成長して最初よりも素直になれた」ということと、自分の経験を結び付けて「自分も素直になれた」ということを書きたい。あとは、最初の華麗な導入を生かすため、「自然」に無理やり結びつける。
ミウが帰ってきたのは、航が自然の中で見つけた「素直な気持ち」で祈ったからだと思う。自然のあるところで存分に過ごせば、自分の「素直な気持ち」がいつの間にか身についている、と私は思った。
(~実はこれ読んだとき友達と喧嘩しててなかなか謝れなかったけど、これ読んだら何となく素直に仲直りできたよ的なエピソード~)
この物語に本当に感謝している。この物語は私を「素直」にさせてくれたのだ。
原稿用紙の2枚目、最後の行の一番下のマスまで埋まった清々しさを噛みしめて、少女はその800字をそっと半分に折った。しわにならないよう、クリアファイルに丁寧に入れ、赤いランドセルの中で一月ほど眠ってもらうことにしたのだった。
終
(時安菜摘)
時安菜摘 「読書感想文が得意な少女の話1」
【雨宿りの暇つぶし 第7弾】
今回の記事はプロローグだと思ってください
前回の記事の冒頭に書いた通り、私は作文系が得意だったので、今回は
読書感想文について語っていこうかなぁ
と思って記事を書き始めたら、
そもそも何で読書感想文を上手く書けるようになったのかをお話しする必要があり、
それをお話しするには
生い立ち(???)から軽く説明する必要があった
ので、2回に分けて小説風にしてみることにしました!
拙い文ですが、とある少女の話として読んでやってください。
↓前回の記事↓
(読書感想文のコツだけを読みたい方は次回の記事をよろしくお願いします。)
「優等生」の呪いがかかるまで
その少女は、本当にちょっとしたきっかけで「優等生」と呼ばれるようになった。
本当にちょっとしたことだったのだ。雪国から都内に引っ越すことになった或る夏、母親があまりにうるさく「前の学校と新しい学校、両方の夏休みの宿題をやりなさい」と言うので、渋々、夏休みの宿題を2倍こなした。
確かに、前の学校と新しい学校では使っている教科書も進度も違ったので、新しい学校の宿題をやっておけば授業についていけなくなるということはある程度防げるだろうが、前の学校の宿題までやらなくてはいけない理由がさっぱりわからなかった。
何度もその旨を母親に訴えてみたが、「両方やりなさい」の一点張りでとても折れてくれそうになかった。その時の母親のうるささたるや、熱帯夜の都会で必死に自分の存在を証明しようとしている蝉たちの大合唱にも劣らなかった。
少女は諦めて頑固な母親の言いつけに従うほかなかった。
こうして倍の宿題をこなした少女が、2学期を迎え、新しいクラスで休み明けのテストを受けるとどうなるだろうか。
「この子はまだ転入したばかりだから、前の学校で習っていないこともあるだろうし、点数が悪くても大目に見よう」
新しい担任もクラスメイトもきっとそう思っていたに違いない。
しかし、少女は国語も算数も 満 点 を 叩 き 出 し て し ま っ た。
少女にとってはできて当たり前であった。うるさすぎる母親の言うとおりに宿題を2倍やったおかげで、両校で共通して習っていた範囲は飽きるほど繰り返して定着していたし、前の学校で習っていないことも宿題で学習済みだった。
おまけに、新しい学校で習っていない部分でも前の学校で学習済みの部分は少なからずあった。つまり、この夏休みだけで新しいクラスメイトに追いつくだけでなく、勉強した知識量では完全に追い越していたのだ。
こんなちょっとしたことをきっかけとして、この少女は所謂「優等生」となった。
一度「優等生」となってしまったからには、次もその次も、そのまた次も「優等生」であり続けなければならなかった。そしてこの「優等生」という呪いは、この後少女が高校生になるまで、延々と付きまとい続けたのだった。
呪いのせいで特殊能力に目覚める
新しい学校でいきなり「優等生」のレッテルを貼られたこの少女は、どの授業でも、どの課題でも、どのテストでも、「優等生らしい解答」を求められ続けることとなった。「優等生らしい解答」とはつまり「模範的な解答」のことであり、それはつまるところ「先生に気に入られる解答」であった。
これを突き詰めていくうち、少女は問題用紙の文字の隙間でかくれている”先生の出題意図”というものを読めるようになった。レッテルに呪われ続けるとそのうち特殊能力に目覚めるという統計結果がもし存在するなら支持すべきだと思う。気づくとこの少女はテスト中に問題用紙の中に見え隠れする”出題意図”とかくれんぼをして遊ぶようになり、それが楽しくて仕方がないと感じるようになった。
こうして、
「テストが大好きな小学生」
という、傍から見ると頭のおかしい子に育っていったのだった。
読書感想文もテストとまったく同じだった。”出題意図”とかくれんぼをして遊んでいるうちに、なんとなくいい感じにまとまった、先生に求められていそうな作文が原稿用紙2枚に収まっていたのだ。
この少女の読書感想文は案の定いろんな教師たちに気に入られ、何度か区の読書感想文に載ることとなる。
つづく
(時安菜摘)
時安菜摘 「くつ」
【雨宿りの暇つぶし 第6弾】
今日は私の小学生時代の作品について語ってみようと思います。(早くもネタ切れか?)
実は私、小学生の頃は作文やら読書感想文やら、他の人が面倒がるような「○○について書きなさい」系の課題が大好きでした。
後々読書感想文についても書いてみようかなぁと思っていますが、今日は初めて区の文集に載った作品(詩)について語ります。
私の短歌の中にも登場
"「くつをごらん 足を食べるよ」小三の無邪気な我の詩に汗が冷ゆ"
これは昨年私が詠んだ短歌です。この短歌を見てピンと来た記憶力のすごい方は、次の項をすっ飛ばしていただいても大丈夫ですよ(^^)
小学校3年生の時の国語の教材、覚えていますか?
その作品は、国語の教科書に載っていた まど・みちお さんの「キリン」という詩の形式をまねして、「○○をごらん」という詩を自分で書いてみよう!という授業で書いたものでした。
キリン
まど みちお
キリンを ごらん
足が あるくよ
顔
くびが おしてゆく
そらの なかの
顔
キリンを ごらん
足が あるくよ
懐かしいと思った方は記憶力に自信のある方でしょう。これを真似しただけの自分の詩が文集に載っていなければ、私も忘れていたと思います。
↓ 詩の鑑賞に自信のない方のための、わかりやすい教員用解説ページです。
http://www5.synapse.ne.jp/heart/riron-jissen/gakunen/chu/giraffe.html
小3の私がこの詩を真似して書いてみた結果
くつ
3年 時安 菜摘
くつをごらん
足を食べるよ
開けっぱなしの口
いつもかわいている
半年くらいはたらいて
半年くらい真っくらな中でねむる
くつをごらん
足を食べるよ
当時、学年の先生全員が口をそろえて「靴が、足を食べる、という感覚が凄い、普通思いつかない」と言っていたことを聞いたときは頭の中が「???」でした。
私にとってはこれが普通の感覚でした。靴が顔に見えていて、開いている口に足を入れていると毎日思っていたのです。
「半年くらいはたらいて/半年くらい真っくらな中でねむる」というのは、都会の人にはピンと来ないかもしれませんが、雪国で生まれた私が
「夏は毎日スニーカーを履いて、冬は毎日スパイク付きの長靴をはくもの」
と思っていたので出てきたフレーズだと思います(小学2年生の時に都内に越してきました)。
何でしょうね、習っていない漢字を使わずにひらがな表記にしたというだけなのに、この詩の不気味さをこのひらがなたちが増長させている……大人がこれを狙って作っていたら相当な腕の持ち主でしょうね。私はたまたまそうなってしまっただけですが。
大人になった今改めて読むと、小学3年生の、雪国から転校してきてまだ訛りの抜けきらない、背の順前から2番目の小柄な女の子が、こんな詩を提出してきたら衝撃だろうと思います。ただの根暗なのか、サイコパスの気があるのか、芸術に昇華できる才能のあるやばい子なのか、先生も判断に困ったでしょうね……(笑)
子供の感覚ってこわい面白いですよね……。皆さんも幼少期に思い込んでいたことや、勘違いしていたことなど、話のネタにしてみると面白いかもしれませんよ!
それでは、今回はこの辺で。最後までお付き合いいただきありがとうございました!
次回の暇つぶしもよろしくお願いします……!
(時安菜摘)
七辻雨鷹 「彼女の手首にオリオン座」
夜が来るのが怖い。自分で止めることのできない衝動に駆られるから。
現実から逃避したいわけでもない。最初は肥大した自己嫌悪がもたらした不幸だった。いつからかそれは自己嫌悪からくる希死念慮をごまかすための手段になった。
時計の針が刻む音が聞こえている。時間は刻々と過ぎていく。夜は淡々と更けていく。終わりはない。
やってしまいたいという気持ちが心の奥底でうごめいた。そうしたらそのときだけは楽になれる。大嫌いな自分さえ許せる。生きていると思える。生きていて良いと思える。
初めはシャープペンシルで左腕を引っ掻いた。芯の先が皮膚の上を切るように走る。蚯蚓腫れが幾つもできてところどころ血が滲んでいた。焼けるような痛みと温度が生きているということを教えてくれた。痛かった。しかしそれは嫌な痛みでは無かった。身体の内側から生まれる生への熱いメッセージだった。ほっとした。心の底から安らぎを感じ、苦しみや葛藤から解き放たれたと思った。その後、いけないことだとわかっているのにしてしまうという葛藤に苦しめられるとは思いもよらなかった。
それからは嫌いな自分を許すために自分を傷つけ続けた。自分の心を守る方法を他に知らなかった。頭を椅子に打ち付け、身体を壁や床にぶつけ、腕や指を噛んだ。痛みを感じられれば何でも良かった。段々と理由はなくなった。やりたいからやる、ただそれだけだった。もう自分でコントロールすることはできない。
時計の音はまだ聞こえていた。右手首を左手で掴み、そのままゆっくりと床に寝転がった。床はひんやりとしていた。静かだった。時計の針以外動くものは何もない。しかし、それでも気持ちは収まらなかった。
跳ね起きて引き出しを漁った。ペンや鉛筆が指を邪魔し、コンパスが手を引っ掻いたが気にしなかった。奥から裁縫道具を取り出して床に置き、隣に正座する。平たく青い飾りがついた待ち針を取り出して右手に持った。震える手で左手の手首の血管を狙う。簡単には刺さらないが、力が一点に集中して肘の方まで痛みが走った。更に力を込めると針先が沈み込んで皮膚に食い込んだ。痛い。しかしそれに嫌悪感はなく、痛みは刺激の一種でしかない。
穏やかな安堵が心に広がった。悩みごとなんて9割消えた。自分の体温が心地良く感じられる。優しい気持ちだった。大嫌いな自分を許せるくらいに優しい気持ちだった。
オリオン座のオリオンは力強い狩人。手首にオリオン座があったらどんなに素敵だろう。
そんなに幾つも赤い点があったら誰かはそれに気がついて何をしたのか悟るかもしれない。誰かは嫌悪するかもしれない。素敵だと思うのは自分だけかもしれない。それでも素敵だと思うことに変わりはない。この感情に形が欲しかった。報われたかった。
夢中で針を刺した。最早手は震えていなかった。何度も感じる痛みは、間違っていないと言っている気がした。血の気の無かった皮膚に赤みを帯びた点が増えていく。時計の音はもう聞こえなかった。
間違ってしまったのだとしても、もう戻れない。
手首にオリオン座が光る頃には既に日付が変わっていた。針を裁縫箱にしまって床にうずくまる。優しい安堵に包まれたまま眠った。
授業が終わると、僕らは一緒に駅まで歩くのが習慣になっている。僕のところへ駆け寄ってくる彼女の足音も弾んでいた。
「桜、満開だね。」
正門へ続く桜並木の下で彼女が足を止めた。ふと見上げるとほんのりと色づいた染井吉野が一杯に咲き誇っている。枝の先では花が鞠のように我先にと咲いていた。足元を見ると、小鳥が遊んだのだろう、萼ごと落ちた花が沢山あった。鳴き声も聞こえている。
「どこかに小鳥がいるかしれないな。」
「いるよ。向こうの木に。」
彼女の言う通り、少し離れた梢に目をこらすも小鳥の姿は見つからない。
「どこ?」
「だからあっちだってば。」
曖昧な表現では少しも検討がつかなかった。
「向こうとかあっちとかじゃわからない。」
「……ほら、見て、あそこ。」
彼女は少し考えてから三本先の木を指さした。小鳥が花を啄ばんで落とすのが見えた。
彼女はすぐに手を下ろしたが、僕の目は彼女の左の手首にあるものを捉えた。思わず声が出た。
彼女もそれに気づいたのだろう。左の手首を握りしめ、怯えた目で僕を見た。僕は彼女にとって不幸な出来事が起こってしまったのだと悟った。見なかったふりをできないことは僕にとっても不幸な出来事だった。風に巻き上げられた花びらが手放されて宙を落ちていく。
「オリオン座。」
僕が呟くと、彼女は手首を掴む手を緩めた。俯いたまま、そうだね、と小さく答える。
「それは、自分で?」
彼女は小さく頷いてから後ずさった。そのまま遠くへ行ってしまう気がして僕は彼女の左手を握った。途端、彼女は僕の手を振り払って涙目で僕を見た。
「あなたには関係ない。」
過剰に突き放すような言葉の中に僕は彼女の過去を見る。突き放さなくてはならないほど踏み込まれてきたのだろう。踏み込まれないように距離を測り続けた時間は短くないはずだ。
僕は、僕の言葉で向き合わなくてはならない。
「綺麗だ。僕にはわからないけど、君が何かと必死に戦った跡は綺麗だ。星空みたいだ。」
誰にも理解されない、希死念慮と生存本能の間の戦いが初めて報われた気がする。見つかればいつも拒絶されるばかりで、戦っていることさえ隠すうちに、嘘でも笑えるようになった。いつからか一人で立っていた。自分の本当を見つけてくれる人が、今、初めて現れた。
視界がぼやけて涙が頬を伝った。
「ありがとう。……死なずに戦ってきて良かった。」
彼はそっと背中をさすった。何度も躊躇うように口を曖昧に動かしたあと、彼は言った。
それはわたしの希死念慮を真正面から打ち砕く言葉だった。生きていてごめんなさいと思っていたことにわたしは初めて気づく。どういたしまして、と口に出すと何だか可笑しい気がしてわたしは笑った。彼は、不思議そうにしていた。
「人前で泣いてしまったのいつぶりだろうなあ。」
「大丈夫。きっと側から見たら恋人同士の喧嘩にしか見えないよ。」
いつから彼はそんなことを言うようになったのだろう。軽口を叩けるくらい近い相手は意外と近くにいたのだ。
「一人じゃなくていい。」
いつかのだれかの言葉を思い出す。それはこういうことだったのかもしれない。
武上 晴生 「????」
【雨宿りの暇つぶし 第4弾】
初めまして。
満を持して登場。
創作サークル「夜明けまで雨」、ルーキーの武上 晴生です。
第4弾ということで、僕からは4コマ漫画をお届けしたいと思います。
まぁ第4弾とか決まる前から4コマを載せるつもりだったんですけれども。
去年の暮れから、少しずつ描きためていたものです。
暗い天気にはちょうど良い明るさなんじゃないでしょうか。
天真爛漫な不思議ちゃんと、なぜかよく一緒にいる目つき悪い銀髪少年。
2人の日常でも見て、ぜひ暇をつぶしていってください。
4コマ+α、どうぞ。
① 顔文字
〇月〇日 観光地に行った。
② 箱根駅伝
③ 情緒不安定
④ 季節外れですが
以上です。ご覧いただきありがとうございました。
「いかがでしたか? 楽しかった??」
「こんなもので楽しめたならいいけども」
「この会話、誰か見つけたら面白いね」
「隠せてすらいなかったら恥ずいな……」
七辻雨鷹 「桜の木の下から」
【雨宿りの暇つぶし 第3弾】
こんにちは。創作集団「夜明けまで雨」の言い出しっぺ七辻雨鷹です。
ゆるくやっていきたい暇つぶし企画、昨日に続き今日も僕が担当します。
今日は高校時代に書いた作品を発掘しました。「桜の木の下には」というのはありふれたテーマではありますが、想像するものとは少し違った雰囲気の作品だと思います。
母校の中学校に一本だけ植えられていた佐藤錦の木を思い出して書きました。他にも葉と花が同時に出る山桜の類いがソメイヨシノより多く植えられていて、白と若い葉のコントラストが印象に残っています。
僕も死んだら桜の木の下がいいです。
「桜の木の下から」
私は周りの気配に耳をすませ、僅かな気配のする方に意識をやった。意識が移る。言葉では表現にしにくいが、何かに取り憑くような感じがした。堅くしていたものを解くと、イメージが自分の中に流れ込んできた。わたしは手を広げ、周りを見下ろしているようだった。太陽が暖かく、風がそよいでは傾いだ体を揺らした。ここから見える風景に私は見覚えがあった。桜の木だ。学校のそばの桜の木だ。
桜の木の下には死体が埋まっていると言ったのは誰だったか。私は思い出せない。そして、もう知る術もない。私は初めて自らの無知を恥じた。私は桜の木の下に埋められたのだ。もしかしたら、犯人は庭師か何かだったのかもしれない。たんぱく質も分解されれば良い肥料になるのだろうか。私は自分の体であったものの朽ちていくのを感じた。徐々に腐っては土と同化していく。土の中の生き物たちがそれを分解する。解けるように私の体は土に広がっていき、桜の木はそれを養分として吸い上げた。葉は一層青々と茂った。自らの死に絶望していた私はそれにいくらか慰められた。
ある日の夕方、少年と男が近くにやってきた。私は少年を知っていた。少年は泉祐樹という。クラスメイトだった。そして、私が密かに慕っていた人だった。何のためにやって来たのだろう。泉少年は静かな口調で言った。
「あなたが僕のクラスメイトを殺したんですね。」
「見ず知らずの人間に突然何を言う。」
夕立が降り出した。雷の音が聞こえる。二人は傘も差さずしばらく黙って対峙していた。
「僕は見たのです。あなたがクラスメイトの女子を撲殺するのを。右手のその傷、あまりない形ですね。」
男は右手を抑えて後ずさる。男の背中が桜の木に近づく。私はそのポケットにナイフの忍ばせてあるのを見た。
「そして、公園の管理者であるあなたは、この桜の木の下に死体を埋めた。」
「何を言っている。桜の木の下に死体なんて小説の中の話だろう。」
夕立はますます酷くなる。近くのビルに雷が落ちた。
「枯れかけていたこの木があの日を境に突然元気になりました。」
男は右手でポケットのナイフに手を伸ばした。そして、左手で少年の背後の桜の木を指差した。
「見えるか。あの木も最近あまり元気がない。今度はお前の番だ。」
私は枝葉を大きく空に伸ばした。少しでも高く。空へ、空へ。
梢に弾けるようなものを感じた。次の瞬間には光と痛みが私を、そして男を貫いていた。男は最早動かない。泉少年は呆然とした様子で立ち尽くしていた。
しばらくして雨は止んだ。そしてパトカーと救急車が来た。
あれから半年が過ぎた。私の体は掘り起こされて火葬され、お墓に移された。しかし、私の意識はまだ桜の木にある。当然切り倒されるだろうと思っていたが、桜の木は残された。落雷のために幹は大きく裂け、もう長くはない。それでも植物の持つ生命力というのは強い。早生の桜はもう蕾を綻ばせていた。
ある小春日和の昼下がりだった。泉少年が桜の木の下にやってきた。彼の改まった格好を見て私は今日が卒業式であることを知る。
彼は黙って桜の木を見上げ、それから、制服が汚れるのも気にせず、根元に腰掛けた。久しぶりに感じる人のぬくもり。鼓動が幹を伝う。彼は目を閉じて眠っているようだった。私は最後の力を振り絞って花を咲かせた。数少ない花の一つ一つが咲き誇った。命の全てが宿っていた。泉少年が次に目を開けたとき、桜は満開だった。しかし、大きな風が吹くと弱々しい花は散った。私もその花びらのひとひらになった。近くで見た泉少年の表情は少し寂しそうで、それ以上に晴れやかだった。